AIは熟練者の仕事を奪わない。しかし同じ道具が、立場によって全く逆の作用をする。 熟練者には追い風、新人には——条件次第で——成長の罠になりうる。
熟練者が持っている「なんかこのコード、臭うな」「この設計、後で絶対つらくなる」「このエラー、たぶんあそこだ」——この感覚を直感と呼ぶ。
しかしこれは神秘的なものではない。大量の失敗と修正の蓄積が、無意識に高速処理されている状態だ。チェスの名人が盤面を一瞬見て「この局面は悪い」と感じるのと同じメカニズム。つまり直感は、失敗の密度に比例して育つ。
直感は「なんかおかしい」という異常検知のセンサーだ。しかしそれとは別に、熟練者が持っているものがある。「この問題にはこの解法が合う」という引き出しの数だ。
医者で言えば、直感が「この患者、なんかおかしい」と気づく能力なら、引き出しは「この症状ならこの治療法」という選択肢の幅だ。センサーだけあっても、武器庫が空では対処できない。
現在、ひとつの役割分担が静かに固定されつつある。人間が設計し、AIがコーディングするという構造だ。 効率の観点からは合理的に見える。しかし、ここに根本的な矛盾が潜んでいる。
設計力は、コーディングの経験から育つ。実装して初めて「この設計は現実で動かない」とわかる。 コードを書くから「ここが設計の失敗だった」と気づける。 書く経験なしに、設計を判断する力は生まれない。